小さな編集部

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3人の子を持つ父親が「天気の子」に心動かされた話

 封切りからだいぶ経っていますが、新海誠監督の「天気の子」を観てきました。観てから2日ほど経ちますが、「いい映画だったなあ」という思いがじわじわと強くなってきましたので、久々に感想を書いてみたいと思います。盛大なネタバレになりますので、作品をまだ観ていない方はご注意ください。
 
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  • 褒められない主人公たち
  • 世界の理に逆らう
  • 「天気の子」を見た人の評価とセカイ系
  • 日本の黄昏と「天気の子」
  • 時代の空気を敏感に捉える若い世代
  • 「天気の子」に思うこと
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年をとっても小沢健二さんの曲を聴くということ

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実はブログを開設したのは10年ぶりくらいのことで、10年前とはいろいろなものが変わっていて驚いています。

昔は@ニフティココログで書いていて、なんとなく書いていればいつの間にか読者(というかブログ友達)が増えていったような気がします。しかし、はてなブログは書いただけでは全くアクセスがないんですね。

大量のアクセスなんて期待してなかったけど、ひとりも見てくれないのはさすがに悲しい……。

というわけで調べてみると、はてなブログTwitterはてなブックマークなどの外部サービスと連携しないといけないみたいですね。そこで、Twitterのアカウントを作ったり、はてなブックマークで自分の記事をブックマークしたりするようにしました。

世代と音楽

Twitterのアカウントを作ったのも10年ぶりくらいのことですが、いいねボタンなどが整備されたおかげで、無理にフォロワーを増やさなくてもつぶやきを楽しめるようになっていていいなと思いました。

何気なくつぶやいたことが、たまに誰かに「いいね」されたり、リツイートされればそれで十分だなと思います。

小沢健二さんに関することを何度かつぶやいたのですが、それに「いいね」をしてくれる方に、若い方が多くて意外に感じました。

小沢健二さんは49歳。ぼくは48歳。小沢さんの曲を聴くのは、ぼくと同じように小沢さんと同世代の人たちが中心だろうと思っていたからです。

小沢さんの曲が世代を超えて評価されているからだと思いますので、すばらしいことです。

CorneliusのTシャツ

そういえば最近、「アルペジオ」がリリースされた影響か、テレビに小沢さんが登場するのを目にします。

小沢さんを紹介するために、昔のミュージックビデオが流れることがあるのですが、20年前の小沢さんの服装が、今見てもそんなに違和感がないのはすごいと思いました。ファッションにも普遍性があるとか出来すぎでは……。

25年くらい前、いわゆる渋谷系の音楽が一部の人の間で流行っていて、小沢さんや小山田圭吾さんは、渋谷系の旗手と見られていたと思います。

彼らのファッションも一部の人の間で流行っていて、ぼくは小山田圭吾さんの格好を端から真似ていました。憧れはCorneliusのTシャツ。

ただ、地方の大学に通っていたので、小山田さんが着ている服がなかなか見つからず、思い通りにいかなかったのを記憶しています。

アルペジオ」のジャケットの切り込みは「次元の隙間」

映画「リバーズ・エッジ」の主題歌として「アルペジオ」がリリースされて、久々に小沢さんの曲を繰り返し聴きました。

途中で、

「小沢くん、インタビューとかでは

何も本当のこと言ってないじゃない」

という言葉が出てきて、これは一体どういうことだとずいぶん悩みました。

リバーズ・エッジ」の主題歌なのに「小沢くん」が出てくるのはどういうことなのか。なぜ「山田くん」じゃないのか? 何か深遠な意味があるのではないか……。

そんなことを考えながら「アルペジオ」を聴いていたとき、奥さんが「『アルペジオ』は小沢健二から岡崎京子へのラブレターだよね」と言って、目からうろこが落ちる思いがしました。

岡崎京子さんへのメッセージだと思いながら「アルペジオ」を聴けば、なるほど意味が分かるような気がします。何で気づかなかったのか。ぼくは小沢さんの曲を、いつもよく理解できないまま聴いているんだと改めて思いました。

www.youtube.com

先日、小沢健二さんがラジオFM802に出演して、「アルペジオ」のジャケットが謎めいた形になっている経緯を話していました。

アルペジオ」のジャケットは、波打つような形をしていて、さらに斜めに切り込みまで入っていて、とても不思議な形をしています。

小沢さんは海外での生活が長かったわけですが、久しぶりに日本で暮らしてみると、日本という社会がきっちりしすぎていることに違和感を抱いたそうです。

行きすぎたきっちりさは壊すべきだという思いを、「アルペジオ」のジャケットの形に込めているそうです(1回聴いただけなので、小沢さんの正確な言葉ではないかもしれません)。

ちなみに、ぼくはジャケットに入っていた斜めの切り込みには、何か実用的な意味があると思っていました。透明フィルムの歌詞カードを挟む場所なんじゃないかとか。

しかし実際には、全く違っていました。

ジャケットの裏面は都市の夜景になっているのですが、切り込みは都市の閉塞感を破る「次元の隙間」を表しているそうです。

次元の隙間なんて、ぼくの想像の範囲を遙かに超えていますよ……。

アルペジオ」に関して、ぼくはジャケットの造形から曲の中身まで、意図を全く理解できていないという状況でした。

小沢さんの曲は「天気読み」以来、ずっと聴き続けていますが、どの曲の真意も理解できていないのだろうなと思います。

ただ、いい曲だということだけが分かる。そんな感じです。

年をとっても音楽を聴く

年を取ると身体的にはあまりいいことはないのですが、だんだん面の皮が厚くなってきて、世の中少し生きやすくなるのはありがたいことだと思っています。

ただ、面の皮が厚くなると、音楽が心に刺さりにくくなるような気がします。さらに、結婚をして子供が生まれると、生活と仕事に追われ、立ち止まって悩む余裕すらなくなってきます。そうなると、音楽からはどんどん遠ざかっていってしまいます。

実際、ここ10年くらい、ぼくは音楽をほとんど聴いていませんでした。

小沢さんが新曲を発表する、ライブをやる、そんなタイミングで、音楽を聴く生活に戻るという感じです。

そしてまた聴かなくなる。

でも、小沢さんが何か活動をすれば、今後も音楽を聴く生活に戻ると思います。

 

今度のライブ、「春の空気に虹をかけ」に行くのが楽しみです。

人生何者にもなれなかった24年前の自分に言ってみたいこと

はてブで話題になった「人生何者にもなれなかった、けど」を読みました。

anond.hatelabo.jp

読んでいて、自分のことかと思ってしまった……。

ここまで刺さる文章を書いてしまった時点で、筆者の方はもう、人生何者かになってしまったかもしれませんね。

ぼくは若いのころ、この方と同じような悩みを抱えつつ日々を過ごしていて、何者にもならないまま年月が過ぎて、すっかりおっさんになりました。

おっさんになると体力も気力も落ちてあまりいいことはないわけですが、若いころよりも多少冷めた目で自分を見られるというメリットもあります。

今、昔の自分を振り返ってみると、もうちょっと楽に生きられたなあと思います。

というわけで、人生何者にもなれなかった24年前の自分(当時24歳でしたが、まだ学生をやっていました)に言ってみたいことを、書いてみようと思います。

以下、建前として自分に向けて書くわけですから、おまえ呼ばわりのため口になります。

言ってみたいこと①:なぜ「何者」になりたいの?

おまえは小説家になって小説を発表し、たくさん賞を取って有名になりたいと思っている。可能であれば国語の教科書に載るくらいの小説家になりたいよな。100年後も本屋の棚に自分の作品が並んでいたら最高だよな。

でも、なんでそんなに小説家になりたいの? だっておまえ、書きたいことなんて何もないじゃん。

パソコンに向かってキーボードに指を置き、小説を書き始めようとするけど、全然書き進められないよな。たまに書けるときがあっても、次の日に読み返してみると、ひどくくだらなく思えて削除してしまうよな。

パソコンに向かわないときにも小説の構想をよく考えているけど、考えることは毎日のようにぶれるよな。何かよい作品を読むと、すぐに影響を受けてしまうよな。

それは、おまえに書きたいことが何もないからだ。

おまえは小説を書くことではなく、本当は小説家としての名声を求めている。名声がほしいから小説家になりたいのであって、書くことがあるから小説家になりたいわけじゃないんだ。

特別な名声を得るためには、特別すごい小説を書かなければならない。これまでにないほど独創的かつ斬新なものが必要だ。そう思えば思うほど、おまえは何も書けなくなるよな。だって、自分の人生を振り返っても、独創的かつ斬新な経験なんてないんだから。

言ってみたいこと②:「何者」になってどうするの?

おまえは著名な小説家になって名声を得て、まわりからちやほやされたいと思っているよな。大学で話題の人物になったり、教授に驚かれたりしたいよな。友達から一目置かれたいし、小説がきっかけで、気になっている子が自分に惚れてくれたら最高だよな。

でもそれは、おまえが人間関係に自信がないからそう思うだけだ。人間関係の構築が苦手なところを、特別な名声でフォローできたらいいと思っているんだ。

おまえは心の中では、まわりにいるのはくだらない奴ばかりだと思っている。だけど本当は、まわりとうまくコミュニケーションがとれないから、くだらない奴ばかりだと思い込みたいだけだ。

まわりとよい関係を築きたいのだったら、パソコンに向かうのではなく、誰かと一緒にいることに時間を使ったほうがいい。魚を釣るときは海や川に行くよな。おまえは山に行こうとするからうまくいかないんだ。

コンパや買い物の付き合いはくだらないと思っているよな。だけど、誰かと一緒にいること自体にはとても意味がある。それこそ、小説の筋書きを考えることよりは何倍も。

あと、気になる子がいるみたいだけど、ろくに話したこともないのに気になるとかアホなのか。とにかくおまえには人との会話が足りない。浴びるほど人と話をするべきだ。大学を出てしまったら、そんな機会はなかなか得られなくなる。

でもまあ、深く掘り下げてみると、おまえが名声を得たいのは、本当は親に認められたいからかもしれないな。何者にもなれなかったら、親に捨てられるかもしれないと、ずっと恐れながら生きてきたんだよな。

親に養ってもらっているのだから気持ちは分からなくもないけど、社会に出て自立したら、親に捨てられたとしてもなんともない。大学を出たら、おまえはもう自由の身だ。

付け足しておくと、何者にもなれなかったら親に捨てられるとか、はっきり言っておまえの錯覚だからな。親はおまえのことを心配して厳しいことも言うかもしれない。だけど実際のところは、親なんて子が長生きしてくれれば、それだけで十分なんだ。

言ってみたいこと③:「何者」になれなかったら死ぬってマジなの?

おまえは作家や画家の悲劇に憧れているよな。死後に圧倒的に評価されたゴッホとか、青木繁とか好きだよな。自分もこのまま書いた作品が評価されなかったら、病気になって死んでしまったり、自殺したいと思ったりしているよな。

予言しておくけれど、おまえは今から9年後の33歳の時に癌が見つかり手術をする。さいわい死なずにすむが、それから10年近く、再発におびえながら生きることになる。

医者にがんが見つかったと言われた日の夜は、大人のくせにみっともなく泣いてしまったからな。再発におびえていたときは、縁起の悪いものが怖くなって、電車の4号車とか、ビルの4階なんかに行けなくなった。

おまえは願いが叶わなければ死ぬなんて思っているけど、実際に死に直面するとそんな思いは吹き飛んで、情けないほどおびえるだろう。おまえが悲劇的な死に憧れるのは、死ぬことがどんなに怖いか知らないからだ。

さらに言えば、子が死んだときに親がどれだけ悲しむかを知らないから、そんな空想が気安くできるんだ。繰り返すけど、何者にもなれなければ親に捨てられるとか、おまえの錯覚に過ぎない。

言ってみたいこと④:「何者」にもなれなかった後の人生が怖いの?

おまえは恐れているよな。何者にもなれなかったとき、残りの人生に何があるのかと。確かにそこには、なんとか文学賞の授賞式とか、有名人との交流とか、豪邸での暮らしとか、そういうものはないだろう。

おまえは今から13年後の37歳のとき、自分は何者にもなれないと悟るだろう。仕事を辞めて家にこもり、9カ月くらい、小説の執筆に専念しようとしたんだ。だけど、何も書けなかった。そのとき、ここまでやって書けなければもう自分には無理だな、と思ったんだ。

不思議なことに、人生何者にもなれないと悟ってからのほうが、毎日が楽しくなった。仕事は生活のためにと思ってやっていたけど、仕事の面白さに気づくようになった。

おまえみたいなひねくれ者にも結婚してくれる人が現れて、やがて子を授かるだろう。小説家になるのを諦めてから、家族との生活の中にいろいろな楽しさがあることに気づいた。

フードコートで食事をする家族って、おまえは嫌いだよな。だけど、そんな瞬間にも楽しいことや嬉しいことがみつかるだろう。

はっきり言って、37歳まで何者かになろうとするなんて、おまえは頑張りすぎたかもしれないな。せめて10年早く諦めていれば、人生にもっといろいろな発見があったかもしれない。24歳のおまえには、そのことを知ってほしい。

小沢健二 さんの「春の空気に虹をかけ」のチケットを買った

2年ぶりに小沢健二さんのライブへ行くことに

小沢健二さんが4月下旬から5月上旬にかけて行うライブ「春の空気に虹をかけ」のチケットを手に入れた。ローソンWebでのチケット購入はアクセスが集中して大変だったけれど、運良くキャンセル待ちで「砂かぶり席」を取ることができた。

小沢健二さんのライブに行くのは、2016年に行われた「魔法的 Gターr ベasス Dラms キーeyズ」以来、2年ぶりのことになる。

「Disc To Go」の思い出

実は、ぼくはライブにはほとんど行ったことがない。行ったことがあるのは、小沢さんや小山田圭吾さんのライブくらいだ。

初めて行った小沢さんのライブは、1994年に行われた全国ツアー「Disco To Go」なので、もう24年も前のことになる。

時期的には、小沢さんのファーストアルバム「犬は吠えるがキャラバンは進む」が出たあと、そしてセカンドアルバム「LIFE」が出る前ということになる。

当時のぼくは大学生で、当然結婚をしておらず、彼女もいなくて、ただ中古の車を持っていた。それに乗ってライブ会場である新潟市の新潟フェイズにひとりで行った。

そしてたった今ググって知ったのだけど、新潟フェイズは10年以上前に営業を終了している。時が経つというのはこういうことなんですね。

このときのライブは、何しろ24年前のことなので、ほとんど覚えていない。

覚えているのは、ライブ会場の周りに行列ができていて並んだこと、並んでいる最中に中から演奏の練習が聞こえて皆がどよめいたこと。会場はオールスタンディングだったので結構前のほうに行けたこと。小沢さんが細身だったのが印象的だったこと。当時未発表だった「ラブリー」が披露されたこと。

ライブの様子を忘れているように、観た感想もよく覚えていない。ライブのあと、どんなことを思いながら車を運転し、家に帰ったのか……。

「THE LIFE SHOW」の「天使たちのシーン

記憶に残っているライブのシーンといえば、新潟テルサで演奏された「天使たちのシーン」が挙げられる。たぶん、1994年に行われた全国ツアー「THE LIFE SHOW」だったのではないかと思うけど、確証はない。

小沢さんが「天使たちのシーン」を歌い始めると、観客の皆さんもつられて歌うのだけど、それが素晴らしくよく響いて鳥肌が立った。自分の席の前からだけでなく、後ろから覆い被さるように歌声が聞こえてきて、その体験が当時のぼくにはとても心に響いた。

ライブで泣きたくなったのは、後にも先にもあのときだけだ。

小沢さんはライブのたびに、新しい形の演奏をしている。「天使たちのシーン」もいろいろな形で演奏された。

例えば1996年に開催された「lover」では、小沢さんから歌わずに座って聴いてほしいという要望があり、「天使たちのシーン」をクラシックのコンサートのように聴いたことがある。

なじみの曲が新しい形で演奏されるのを聴くのは、小沢さんのライブに行く楽しみのひとつだ。

今の自分と音楽

ここまでつらつらと書いてきたが、かつての自分にとって、音楽は本当に重要なものだったことを思い出した。

朝起きて音楽、大学に行って音楽、バイトの帰りに音楽、寝る前に音楽。音楽を聴き、考える。そしてまた音楽を聴くという感じだった。

ところが、今の自分にとっては、音楽の重要性は明らかに低下している。音楽を全く聴いていないときが数年続いたこともあった。

実を言うと、小沢さんのライブに熱心に行きたがるのは、今ではぼくよりも奥さんのほうだ。奥さんとは音楽や本の趣味が合うことがきっかけで付き合い始めた。だから、小沢さんのライブに二人で行ったことが何度もある。

奥さんが音楽に向ける情熱は今も昔もさほど変わらないけど、ぼくのほうはすっかり変わってしまった。仕事に追われる生活を20年以上繰り返しているうちに、音楽を聴いて考えるというパターンが、日常からすっかり脱落してしまった。

昔の自分が今のぼくを見たらどう思うかなあ。

アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)」

先日、Apple Musicで小沢さんの新曲「アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)」が聴けるようになった。岡崎京子さん原作の映画「リバーズ・エッジ」の主題歌だ。

リバーズ・エッジ」はとても好きな作品だったので、あまり音楽を聴かなくなったぼくも、「アルペジオ」を聴くのは楽しみにしていた。

「これは小沢さんから岡崎さんへのラブレターだね」と奥さんは言っていたけど、そのような意図があるかどうかは別として、ぼくにとっては久々に繰り返し聴く曲になった。

今度のライブ「春の空気に虹をかけ」では、「アルペジオ」の演奏も聴けると思うので、今から楽しみにしています。